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迎随補瀉の謎

 

『黄帝内経霊枢』小鍼解篇第3の「抑えてこれを奪うのが瀉法であり、追ってこれを済(すく)うのが補である」という記述が迎随補瀉(げいずいほしゃ)の根拠となっています。

 

しかし、歴史的には『難経・七十九難』に以下の文章があります。

七十九難曰.
經言.迎而奪之.安得無虚.隨而濟之.安得無實.虚之與實.若得若失.
實之與虚.若有若無.何謂也.
然.迎而奪之者.瀉其子也.隨而濟之者.補其母也.

 

この文章はどう解釈しても「迎してこれを奪うのはその子を瀉すなり。随いてこれを済うのはその母を補すなり」で子母補瀉を意味し、経絡流注と鍼の向きによる鍼向補瀉の意味ではありません。『難経・七十二難』にも「迎随」という言葉はありますが、鍼の方向による鍼向補瀉ではありません。

 

金代、何若愚著、『流注指微賦』では「男子左补右泻、女子右补左泻、转针迎随、补泻之道、明于此矣」と明らかに左右の捻転補瀉の意味で迎随という言葉を使っています。

 

金代、トウ漢卿著、『針経指南』の『標幽賦』では「动退空歇、迎夺右而泻凉;推内进搓、随济左而补暖」と、これも左右の捻転補瀉の意味で迎随という言葉を使っています。

文献的根拠からは、「迎随」が経絡に沿った鍼の方向という考え方は、少なくとも金元時代まで存在していません。

 

明代、徐鳳著、『鍼灸大全』席弘賦では、「若补随呼气自调」と「呼吸補瀉」学説まで登場します。鍼の方向による鍼向補瀉は1439年の『鍼灸大全』でも登場しないのです。

 

明代、高武著、『鍼灸聚英』では、「或问迎而夺之.随而济之.此固言补泻也.然其义何如.曰.迎者逢其气之方来.如寅时气气去注大肠.辰时气去注于胃.肺与大肠此时正虚而补济之也.」とあり、これは子午流注の五行穴を使う納支法です。朝3時から5時の寅の時間に肺虚の症状が出たら、朝5時から7時の卯刻に肺経の母穴の太淵(LU9)を補法するという治療法です。

1537年の『鍼灸聚英』では、迎随補瀉は子午流注の子午補瀉を意味すると書かれているのです。

 

実は、「経絡の流注に随うのが補法、経絡の流注に逆らうのが瀉法」という鍼の方向による鍼向補瀉学説は、1510年の張世賢著、『図注八十一難経』や1575年の李梃著、『医学入門』で提出されました。多くの中国の文献には1575年『医学入門』しか出典として書かれていませんが、実際に『医学入門』を調べると1510年の『図注八十一難経』を引用していました。

 

『医学入門』付・雑病穴法

 

しかも、オリジナルの学説を調べると、午前と午後、陽経と陰経、男と女、右と左で、左右の捻転を変えるという、これもまた捻転補瀉が基本です。

 

これらが1600年の明代、楊継洲著、『鍼灸大成』经络迎随设为问答では「问:『迎随之法。』」として「補法はその経脈に随い、推して内にこれを按ず」「瀉法ではその経脈に逆らい、提してこれを伸ばして動ずる」とようやく鍼の方向による鍼向補瀉に近い記述があり、これが現代中医学の「迎随補瀉=鍼向補瀉」の文献的根拠となっているようです。

 

ところが同じ『鍼灸大成』の三衢杨氏补泻では迎随を開闔補瀉、徐疾補瀉する以下の記述があります。

左转为男补之气,右转却为泻之记,女人反此不为真,此是阴阳补泻义。热病不瘥泻之须,冷病缠身补是奇,哮吼气来为补泻,气不至时莫急施。
补:随其经脉纳而按之,左手闭针穴,徐出针而疾按之。泻:迎其经脉动而伸之,左手开针穴,疾出针而徐入之。
经曰:『随而济之,是为之补。迎而夺之,是为之泻。』

 

 

真面目に中国伝統医学古典における迎随補瀉の意味を調べて行ったら、子母補瀉、捻転補瀉、呼吸補瀉、子午補瀉、徐疾補瀉など、ありとあらゆる解釈が出てくる世界でした・・・。

 

 

 

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