「小児の過敏性腸症候群に対して鍼灸治療が有用であった1症例」
松本 淳
『日本東洋医学雑誌』2016 年 67 巻 2 号 p. 144-149
以下、引用。
中医弁証を行い、脾腎陽虚証や心脾両虚証が混在しているが、冷え症で寒冷刺激による腹部症状の増悪が顕著であることや倦怠感、淡舌、臍下軟、腎経や脾経の原穴である太溪(KI3)、太白(SP3)穴の軟弱の他覚所見も合わせて脾腎陽虚証が主体と判断した。治療穴は温補腎陽益気の治則を中心として、穴性および経穴反応に応じて、合谷、関元、陰交、太白、太溪、足三里、命門、腎兪、脾兪、大腸兪などから適宜選穴した。
鍼治療は対象が小児患者であることからできるだけ軽刺激となるように毫鍼を用いた刺鍼とてい鍼を用いた接触鍼法を組み合わせて行った。
治療開始1-2カ月後は随伴症状の食欲の増加や冷え、寝起き時の疲労感をはじめとする倦怠感の減少を認めた。
初診時前は自覚的な冷えにより夏でも上着が必要な状態であったが、鍼治療開始後の冷え症の軽減により開始1年後には冬でも半ズボンで生活できるようになった。また夜間尿がなくなった。
薬物療法のみでは奏効が得られなかった小児IBS患者1例に対し、鍼灸治療を行った結果、鍼灸治療開始後に症状およびQOLの改善が得られたことから本症例に鍼灸治療が有用であったと考えられた。
脾腎陽虚の過敏性腸症候群の症例です。
小児IBS患者の鍼灸治療の症例報告は世界でも珍しいというか、初めてだと思います。てい鍼による接触鍼を用いていることも画期的です。
以下の西洋医学による過敏性腸症候群の鍼治療の基礎研究の記述もまとまっています。
以下、引用。
消化管知覚異常に関しては鍼治療が腸管の痛覚閾値を上昇させて内臓痛を軽減することが報告されており、その機序としてsentral opioid pathwayや5HT pathway、corticotoropin-releaseing hormon(CRH)の減少、Oxytosinを介した抗ストレス作用の関与などが示唆されている。
【基礎研究】
鍼治療が腸管の痛覚閾値を上昇させて内臓痛を軽減するのは2005年の岩先生の論文での足三里(ST36)の電気鍼によるもので、ナロキソンで拮抗されたことにより中枢性のオピオイド鎮痛のようです。
2005年「意識下のイヌの直腸拡張による血圧変化を電気鍼は減少させた」
Electroacupuncture reduces rectal distension-induced blood pressure changes in conscious dogs.
Iwa M et al.
Digestive Diseases and Sciences July 2005, Volume 50, Issue 7, pp 1264–1270
内臓痛とセロトニンに関しては、2006年の香港バブティスト大学の研究があります。
2006年「電気鍼は、セロトニン・パスウェイを通じて、慢性内臓痛のラットのストレスによる排便を少なくした」
Electro-acupuncture attenuates stress-induced defecation in rats with chronic visceral hypersensitivity via serotonergic pathway
Author links open overlay panelXiao YuTian
Brain Research Volume 1088, Issue 1, 9 May 2006, Pages 101-108
2011年の研究で、足三里(ST36)の電気鍼が慢性内臓過敏状態ラットの大腸での5HT(セロトニン)・レセプターレベルを減少させることで内臓痛を減らすことがわかりました。
Electroacupuncture at ST-36 relieves visceral hypersensitivity and decreases 5-HT(3) receptor level in the colon in chronic visceral hypersensitivity rats.
Chu D,
Int J Colorectal Dis. 2011 May;26(5):569-74. doi: 10.1007/s00384-010-1087-2. Epub 2010 Nov 10.
2012年の香港中医大学のfMRIを使った研究もセロトニン・パスウェイに言及しています。
「鍼治療は、過敏性腸症候群の痛覚のニューラル・パスウェイを変化させるの?」
Does acupuncture therapy alter activation of neural pathway for pain perception in irritable bowel syndrome?
Chu WC,et al.
J Neurogastroenterol Motil. 2012 Jul;18(3):305-16.
この研究は、以下の記述が面白かったです。
第2に、鍼による脳活動の変化は急性痛よりも慢性痛により関連しているのかもしれない。第3に、一回の鍼治療は脳活動の変化による(過敏性腸症候群の)臨床的鎮痛効果には不十分であるかもしれない。
過敏性腸症候群の基礎研究で最も注目しているのが、灸が過敏性腸症候群ラットの腸内細菌叢や免疫系を変化させるという2018年の最新研究です。
2018年7月
「灸治療は硫酸デキストランナトリウムに誘発された腸炎ラットモデルの腸内細菌叢と免疫機能を調節する」
Moxibustion treatment modulates the gut microbiota and immune function in a dextran sulphate sodium-induced colitis rat model.
Qi Q,et al. World J Gastroenterol. 2018 Jul 28;24(28):3130-3144.
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