2017年1月16日に『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)』の『アキュパンクチャー・イン・メディスン』にスウェーデン、ルンド大学の研究者カイザ・ランドグレンさんが発表した論文です。
「乳児疝痛への極小の鍼の効果:マルチセンター・スリーアームド・ランダム化比較試験」
Effect of minimal acupuncture for infantile colic: a multicentre, three-armed, single-blind, randomised controlled trial (ACU-COL).
Kajsa Landgren, Inger Hallström.
Acupuncture in Medicine, January 2017
Published Online First 16 January 2017
【結論】鍼は安全であり、乳児疝痛のクライング(過剰に泣くこと)を減らすことが明らかになった」
乳児疝痛はベイビー・コリックとも言われ、日本語の疳の虫(疳証)に相当すると思います。
ベイビー・コリックは、健康な2週間から4ヶ月の年齢の乳児が他に理由がないのに1週間のうち3日以上、1日3時間以上泣くことが3週間続くことであると定義されている。
論文著者のランドグレンさんは、スウェーデン・ルンド大学講師で精神科医で鍼師で耳鍼を得意としているようです。毎年のように小児鍼の論文を書いており、小児鍼灸の科学的研究の第一人者です。
2010年ランドグレン論文「鍼は小児疝痛の泣くのを減らす:ランダム化コントロール・ブラインド臨床研究」
Acupuncture reduces crying in infants with infantile colic: a randomised, controlled, blind clinical study.
Landgren K,et al.
Acupunct Med. 2010 Dec;28(4):174-9. doi: 10.1136/aim.2010.002394. Epub 2010 Oct 18.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3002757/
2011年ランドグレン論文
「乳児疝痛における食事、下痢、睡眠パターン:ミニマル・アキュパンクチャーのランダム化比較試験」
Feeding, stooling and sleeping patterns in infants with colic – a randomized controlled trial of minimal acupuncture
Kajsa Landgren
BMC Complement Altern Med. 2011; 11: 93.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3212902/
2013年ランドグレン論文
「臨床における鍼:鍼師による乳児疝痛治療のアプローチの研究」
Acupuncture in practice: investigating acupuncturists’ approach to treating infantile colic.
Landgren K
Evid Based Complement Alternat Med. 2013;2013:456712.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3846151/
2015年ランドグレン論文
「乳児疝痛の鍼治療」
Acupuncture in the treatment of infantile colic.
Landgren K
Ital J Pediatr. 2015 Jan 15;41:1.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4299294/
疳の虫は東洋医学の疳証です。小児は「陽余って陰不足」「稚陰稚陽」という特徴があります。陰陽ともに弱いですが、相対的に陽が余っているのでカゼをひいたら高熱を出しますし、冬は犬といっしょに庭をかけまわります。高齢者は陰陽ともに弱っていますが、陽気が弱いので、カゼを引いても熱があまり出ないですし、冬はコタツで丸くなります。それで子どもは陽余って陰が不足しているので、夜泣きにもなりやすいです。
子どもは脾胃が弱いです。脾胃が弱いのに甘いものや乳食過度では脾胃(消化器系)を傷つけます。そうすると食欲不振や乳吐きとなります。疳虫(疳証)は桶屋奇応丸の歌で覚えます。「赤ちゃん、夜泣きで困ったな~、カンムシ、乳吐き、弱ったな~」です。「夜泣き、乳吐き(食欲不振)」が続いて、不機嫌となり、痩せてきたら、完全な疳証、疳虫です。「疳」はヤマイダレに甘いです。甘いものや乳食過度でなります。
先祖代々の家伝の中医である邵輝先生から「子どもはできるだけ寂しい思いをさせて、飢えさせたほうが良い」とアドバイスをしていただいたことがあります。これは東洋医学の知恵です。
貝原益軒の『養生訓』に「子どもに必要なのは一分の飢えと三分の寒」と明記されています。江戸時代の『養生訓』は「貧乏人の子どもは長生きするが、金持ちの子どもは夭折(早死)する」と辛辣です。江戸時代の金持ちは子どもに厚着をさせて、お菓子など甘いものを与えていました。肥料のやりすぎで根っこが腐った植物みたいなものです。江戸時代の貧乏人の子どもは薄着で「一分の飢えと三分の寒」なので長生きします。
現代日本の赤ちゃんはベビーカーの中で厚着して、甘いものばかり与えられています。現代中国の子どもたち、小皇帝も同じで物凄く厚着して冷やさないです。中華民国の時代の中国の教養人たちが「日本人は子どもに薄着をさせ、冬に冷たい水で顔を洗うのは東洋医学的にも素晴らしい」と書いている記録を読んだ直後に、現代の中医薬大学を卒業した中医師が日本の子どもの薄着やはだし教育、はだか教育を批判しているのを読んで、あまりに正反対なので驚いたことがあります。もし子どもが厚着しないと健康を損ねるなら、ネアンデルタール人やクロマニョン人の例を出すまでもなく、人類は滅びていたはずです。
小児科の基礎知識として、2008年にNIHアメリカ国立衛生研究所のNCCAM(アメリカ国立補完代替医療センター)が書いた論文「子どもへの鍼の安全性と効果:エビデンスのレビュー」があります。
「子どもへの鍼の安全性と効果:エビデンスのレビュー」
Safety and efficacy of acupuncture in children: a review of the evidence.
Jindal V, Ge A, Mansky PJ.
J Pediatr Hematol Oncol. 2008 Jun;30(6):431-42.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2518962/
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/…/articles/P…/pdf/nihms62312.pdf
(全文フリー・オープンアクセスPDFファイル)
※有害事象や悪心・嘔吐、痛み、夜尿症、喘息、てんかんなどのレビューを行い、小児への鍼の安全性を確認しています。
「子どもの鍼の安全性:システマティック・レビュー」
The safety of pediatric acupuncture: a systematic review.
Adams D, Cheng F, Jou H, Aung S, Yasui Y, Vohra S.
Pediatrics. 2011 Dec;128(6):e1575-87.
http://pediatrics.aappublications.org/content/…/6/e1575.long
2011年のカナダ、アルバータ大学の研究も、子どもで重篤な有害事象はほとんどなく、深刻なものは訓練されていない鍼師によって引き起こされており、経験を積んだ免許をもった鍼師になら、子どもの鍼は勧められるとされています。
歴史的には、小児鍼の歴史は、以下の論文で、ほぼ解明されました。
長野仁、高岡裕「小児鍼の起源について-小児鍼師の誕生とその歴史的背景-」
『日本医史学雑誌』Vol.56、No.3. 387-414 (2010)
科研費データベース「漢方腹診書・鍼灸流儀書に関する書誌研究」
https://kaken.nii.ac.jp/d/p/20520580/2010/8/ja.ja.html
https://kaken.nii.ac.jp/…/seika/jsps/14501/20520580seika.pdf
このPDFファイルの4ページに「小児鍼の起源について」という一文があり、これが現代の小児鍼研究の到達点のまとめになります。
「実践小児はり法―子どもの健やかな成長へのアプローチ」
尾崎 朋文et al.医歯薬出版
http://www.amazon.co.jp/dp/4263242831
この文献の43ページから54ページに「小児鍼の前史とその歴史」という、現在までの研究を概括したものが掲載されています。
世界では、現在、日本の小児鍼が流行中です。
2008年ドイツ語版文献トーマス・ヴェルニッケさんの「小児鍼:日本の子どもの鍼」
Sh nishin: Japanische Kinderakupunktur
Thomas Wernicke
http://www.amazon.co.jp/dp/3437584405
2011年英語版文献スティーブン・バーチさんの「小児鍼:日本の子どものはり」
Shonishin: Japanese Pediatric Acupuncture
Stephen Birch
http://www.amazon.co.jp/dp/3131500611
2014年英語版文献トーマス・ヴェルニッケさんの「小児鍼:子どもの鍼の刺さない技術」
Shonishin: The Art of Non-Invasive Paediatric Acupuncture
Thomas Wernicke
http://www.amazon.co.jp/dp/B00KHQWVL8
2015年4月アメリカの医学雑誌『メディカル・アキュパンクチャー』にドイツ、トーマス・ヴェルニッケさんの論文の「日本式小児鍼」の論文が掲載されています。
「小児鍼:日本式の小児患者への鍼」
Shōnishin: Japanese-Style Acupuncture for Pediatric Patients
http://online.liebertpub.com/…/pdfplus/10.1089/acu.2015.1101
また、2015年12月21日に『オルタナティブ・アンド・コンプリメンタリー・セラピィズ』にイリノイ州シカゴのラッシュ医科大学のアンジェラ・ジョンソンさんの研究が発表されました。
「小児患者の痛みの管理における鍼」
The Use of Acupuncture for Pain Management in Pediatric Patients
Angela Johnson,et al.
Alternative and Complementary Therapies. doi:10.1089/act.2015.29022.ajo.
http://online.liebertpub.com/doi/10.1089/act.2015.29022.ajo
2015年12月『メディカル・アキュパンクチャー』発表の「小児科の鍼:ナラティブ・レビュー」によれば、カルフォルニア州サンフランシスコで手術後の子供を対象とした2009年に発表された一つの臨床試験(※1)が最初の報告です。背椎手術後の痛みと吐き気という条件で、2歳以下の患者さんには日本式小児鍼が使われ、そのようなシビアな状況でも鍼には鎮痛効果があることが確認できました。
「小児科の鍼:ナラティブ・レビュー」
Acupuncture for Pediatric Conditions: A Narrative Review.
Ryan J. Milley ,et al.
Medical Acupuncture
Vol.27,Number 6,420ー431.2015
http://online.liebertpub.com/doi/full/10.1089/acu.2015.1154
付け加えるに、2歳以下の患者は小児鍼(刺入しない鍼)も効果があるとわかった。
西洋医学と鍼の組み合わせという「補完医療・統合医療アプローチ」も小児科領域で進展しています。2009年にアメリカ・ボストンで2009年に行われたのも、子どもの全身麻酔下での両側鼓膜切開手術と鼓室チューブ挿入で、術後の痛みは鍼をしたほうが減少しました。
2011年のトルコ・アンカラでの「マイナー痛みプロセデュワにおける新生児の鍼」(※3)では、NICU(新生児集中治療管理室)で鍼をすると痛みと泣く時間が減少したことを報告しています。
2015年5月のアメリカ・ロサンゼルスでの「小児救急部門の急性虫垂炎患者の痛みと炎症に対する鍼の影響:パイロット研究」(※4)は、平均年齢15歳の10人の小児科第3次救急で鍼が痛みを減らしたことを報告しています。
2015年8月中国・四川大学の研究者による「小児の鍼の効果と安全性:システマティック・レビューのオーバービュー」(※5)は、上記の4つの臨床試験の結果から「(小児の)疼痛減少における鍼の効果は有望である」と述べています。
上記のレビューには入っていませんが、2013年にはサンディエゴ病院のジェームズ・オチ先生が「小児の扁桃の痛みへのコデインの代替の鍼」(※6)を発表し、2015年5月には:「子どもの扁桃炎の痛みへの高麗手指鍼」(※7)を発表しました。
2015年8月にはスタンフォード大学医学部の研究者たちが「扁桃手術の痛みに対する手術中の鍼:ランダム化二重盲検プラセボ対照比較試験」(※8)を発表しています。
現在は、西洋医学の薬物療法が慢性痛の治療に大失敗しているのが明らかになりつつあります。特に小児へのコデインなど麻薬系鎮痛剤は呼吸抑制を起こして死亡者が出ています。鍼などで代替するのは良いアイディアです。
※1:「病院での急性痛での鍼の使用」
Using acupuncture for acute pain in hospitalized children.
Wu S, Sapru A, Stewart MA, Milet MJ, Hudes M, Livermore LF, Flori HR.
Pediatr Crit Care Med. 2009 May;10(3):291-6. doi: 10.1097/PCC.0b013e318198afd6.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19307808
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4127308/
(全文オープンアクセス)
※2:「子どもへの両側鼓膜切開と鼓室チューブ挿入時の痛みと動揺の鍼によるマネージメント」
Acupuncture management of pain and emergence agitation in children after bilateral myringotomy and tympanostomy tube insertion.
Lin et al.
Paediatr Anaesth. 2009 Nov;19(11):1096-101.
doi: 10.1111/j.1460-9592.2009.03129.x. Epub 2009 Aug 26.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19709377
※3:「マイナー痛みプロセデュワにおける新生児の鍼」
Acupuncture in preterm babies during minor painful procedures.
Ecevit A, Ince DA, Tarcan A, Cabioglu MT, Kurt A.
J Tradit Chin Med. 2011 Dec;31(4):308-10.
http://www.sciencedirect.com/…/article/pii/S0254627212600090
(全文オープンアクセスPDFファイルあり)
※4:「小児救急部門の急性虫垂炎患者の痛みと炎症に対する鍼の影響:パイロット研究」
Effects of acupuncture on pain and inflammation in pediatric emergency department patients with acute appendicitis: a pilot study.
Nager AL, Kobylecka M, Pham PK, Johnson L, Gold JI.
J Altern Complement Med. 2015 May;21(5):269-72. doi: 10.1089/acm.2015.0024. Epub 2015 Apr 15.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25875844
※5:「小児の鍼の効果と安全性:システマティック・レビューのオーバービュー」
Efficacy and safety of acupuncture in children: an overview of systematic reviews.
Pediatr Res. 2015 Aug;78(2):112-9. doi: 10.1038/pr.2015.91. Epub 2015 May 7.
※6:「小児の扁桃の痛みへのコデインの代替の鍼」
Acupuncture instead of codeine for tonsillectomy pain in children.
Ochi JW
Int J Pediatr Otorhinolaryngol. 2013 Dec;77(12):2058-62.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24210291
http://www.ijporlonline.com/artic…/S0165-5876(13)00493-X/pdf
(オープンアクセスのPDFファイル)
※7:「子どもの扁桃炎の痛みへの高麗手指鍼」
Korean hand therapy for tonsillectomy pain in children.
Ochi JW.
Int J Pediatr Otorhinolaryngol. 2015 May 28. pii: S0165-5876(15)00247-5.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26071018
http://www.ijporlonline.com/…/S0165-5876(15)00247-5/abstract
※8:「扁桃手術の痛みに対する手術中の鍼:ランダム化二重盲検プラセボ対照比較試験」
Intraoperative acupuncture for posttonsillectomy pain: A randomized, double-blind, placebo-controlled trial
Ochi JW
Int J Pediatr Otorhinolaryngol. 2015 Aug;79(8):1263-7. doi: 10.1016/j.ijporl.2015.05.027. Epub 2015 May 28.
http://qap2.onlinelibrary.wiley.com/…/1…/lary.25252/abstract
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25851423
※9:Acupuncture for chronic pain: individual patient data meta-analysis
Andrew J. Vickers, et.al.
Arch Intern Med. 2012 Oct 22; 172(19): 1444–1453.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3658605/
※10:Acupuncture for Chronic Pain
Andrew J. Vickers, ; Klaus Linde, MD
JAMA Clinical Evidence Synopsis | March 5, 2014
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1835483
また、マイアミ大学医学部のティファニー・フィールド教授がインファント・マッサージの分野を西洋医学で切り開き、基礎研究でも多大な貢献をしています。1976年にマサチューセッツ大学で発達心理学を研究している際に娘さんを早産で出産し、自分の娘で実験し、マッサージが未熟児の発達を促すことを最初に提唱しました。最初はおしゃぶりを与えて唇の刺激を行うと体重が増えることを発見しました。
現在、多くの研究が新生児へのマッサージは体重増加を促すかも知れないとしています(※10)。機序は迷走神経刺激による食欲の増加などです。早産の新生児へのマッサージ(いわゆるベビー・マッサージ)」は現在、西洋で大きな話題となっており、2013年にはイギリスのプリマス大学の研究者たちによるコクラン・システマティックレビュー「生後6ヶ月の乳児の精神的・身体的健康の発達におけるマッサージの促進」(※11)が発表されました。
※10:Preterm infant massage therapy research: a review.
Field T, Diego M, Hernandez-Reif M.
Infant Behav Dev. 2010 Apr;33(2):115-24. doi: 10.1016/j.infbeh.2009.12.004.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20137814
※11:「生後6ヶ月の乳児の精神的・身体的健康の発達におけるマッサージの促進」
Massage for promoting mental and physical health in typically developing infants under the age of six months.
Bennett C1, Underdown A, Barlow J.
Cochrane Database Syst Rev. 2013 Apr 30;4:CD005038.
https://journals.sagepub.com/doi/10.1136/acupmed-2016-011208
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