秋と七情の悲:「悲しめば、気消える」「悲憂は肺を傷つける」

 

「四時八節に基づく調査と心理学実験による悲しみの感情に関する中医弁証研究」
基于四时八节调查及心理学实验的悲伤情绪中医辨证研究
吴昊 《北京中医药大学》 2014年

以下、引用。

立冬:肝郁脾虚兼有湿热内阻,胃脘气滞,气机失调。
冬至:肝郁气滞血瘀,湿阻上焦,气机失调。
立春:肝郁脾虚,气滞血瘀,湿邪阻肺,肾阴虚损。
立夏:肝气郁结,气滞血瘀痰凝,心脾两虚,肝肾阴亏
夏至:心气虚损,气血不通,暑湿侵袭,肾阴不足。
立秋:肝阴不足,气虚痰凝,气机失调。
秋分:肝郁脾虚,气阴两虚。

立秋には肝陰不足、秋分には肝鬱脾虚、気陰両虚が増えるというのは、実感として当たっている気がします。

 

現在は二十四節気の「寒露」となり、冷えてきて気分の落ち込みや疲労倦怠感を感じる方が多いようです。中国の新聞報道では「秋うつ」という言葉がよくみられますが、中国語辞書には載っておらず、造語のようです。秋は確かに他の季節と比較して「悲」や「憂」の感情は出やすい気がします。

 

西洋伝統医学では秋と対応した「メランコリー」の概念があります。この西洋伝統医学のドイツ語のメランコリー(黒胆汁質)に金元四大家の朱丹渓「鬱」の漢字をあてて、漢方医の小森桃塢が鬱憂病(メランコリー)と表現して、現代日本語のうつ病が誕生した歴史があります(※1)。現代日本語のうつ病はヨーロッパ伝統医学と金元医学の朱丹渓から生まれたのです。

 

中世ヨーロッパ伝統医学では秋は鬱の季節です。秋鬱、メランコリーです。
中世ヨーロッパ伝統医学には「四体液体質」があり、五行色体表みたいな表もあります。

多血質(Sanguine:サングウイン):少年:春:朝:木星:喜びや楽観的

胆汁質(Choleric:カラリック) :青年:夏:昼:火星:怒り

憂鬱質(Melancholic:メランカリック):中年:秋:午後:土星:憂鬱(ゆううつ=メランコリー)

粘液質(Phlegmatic:フレグマティック):老年:冬:夜:月:無感動

 

土星とメランコリー―自然哲学、宗教、芸術の歴史における研究』という本に詳しいのですが、人生でも「中年」は人生の秋であり、「メランコリー(憂うつ)」と「土星」と「中年」と「秋」は結びついていました。この星に支配された4つの「体液」と性格を持つ人間の繰りなす悲喜劇が「コメディー・オブ・ヒューモア(四体液性格の悲喜劇)」となり、現在の英語の「ヒューモア=ユーモア(humor)」という英語の語源になりました。

 

中医学では春夏は発散・昇発の季節ですが、秋は収歛の季節です。秋は太陰の季節であり、補陰するのが原則です。夏は汗をかいて腠理が開いていますが、秋は腠理が引き締まり、汗が出なくなり、尿が増えます。収歛です。動物は毛が落ちて冬ごもりのために生え変わり、たくさん食べます。植物も落葉します。気は下に降りて、体表は収歛して、冬ごもりに備えます。

 

中医学の理論では、肺は気の「粛降」を主り、肝は気の「昇発」を主ります。肺は気を降ろし、肝は気を昇らせ、全身の気をグルグルと回しています。秋に急に冷えると、肝の気の昇発が弱い人は秋の肺の気の粛降作用だけが強くなり、気が沈みこんでしまったり、逆に肺の粛降が弱いと肝の陽気が昇り過ぎて、気が頭にのぼせたりするのだと思います。

 

関西中医鍼灸研究会では、10年ほど前から「秋の肝陽上亢・肝欝気滞がある」という議論がありました。これは、秋に冷房が切れると体が勘違いをして春の肝陽上亢・肝欝気滞のような症状が出るというものです。

さらに、秋は太陰の季節であり、陰虚の患者さんは陰虚症状が出やすくなります。『素問・宣明五気篇』でも「気が肝臓に集まれば、すなわち憂となる」とあります。秋は肺と肝のアンバランスがみられやすいと感じています。

 

さらに金元四大家、張従正著『儒門事親』五之気の記述に以下があります。

以下、引用。

【秋分以降の五之気】
9月23日の秋分から11月23日の小雪の間の五之気の病では、喘息が多発し、嘔逆し、咳嗽や婦人の往来寒熱が起こり、小児は皮膚病となる。五之気の病では、(表裏双解・理気の)小柴胡湯で治療するのが良い。

【五之気】
9月23日の秋分から11月23日の小雪の間の五之気は陽明燥金と対応している。故に金気が旺盛となり、脈は細脈・微脈となる。

【燥金・肺・辛・清鍼】
肺は大腸と表裏し、西方は金であり、色は白であり、外は皮毛・鼻と応じて、気をめぐらせる。乾姜は辛熱、生姜は辛温、薄荷は辛涼(であり、肺病の治療に用いる)。もろもろの気欝はみな肺金に属する。その治療法は清法、清隔、利小便、解表発汗である。肺経の井穴の少商を刺す。灸もまた同じである。

 

 

以下は、明代の李時珍の『瀕湖脈学』の短脈の論述です。

以下、引用。

「長脈は肝に属し、春に宜しい。短脈は肺に属し、秋に宜しい」

「短脈、渋脈にして浮脈は秋とよく合う」

 

秋は短脈で春は長脈というのはわかりやすいです。秋は短脈、渋脈、浮脈というのもわかりやすいです。秋は気が皮毛に上昇しきって、脈もそれを反映して浮いた秋の毛脈・浮脈となります。秋分あたりに急に涼しくなると、気が収歛して秋の渋脈となります。

以下、引用。

「渋脈、微脈、動脈、結脈はみな短脈を兼ねる」

 

ナイフで竹を削るような渋脈は秋の脈であり、脈の立ち上がりが遅いです。夏の洪脈、滑脈の脈の立ち上がりと対照的です。

微脈は気血両虚または陽虚の脈で、「極細にして軟らかくて按じたら絶えそうであり、有るがごとく、無きがごとく」と表現されており、自然に短くなります。

細脈も文献によっては秋脈と表現されています。「細い糸のような」ものを指に感じるのが細脈なので、これは微脈と似ています。

秋の脈としては微かに「短脈」「渋脈」「微脈」「細脈」の特徴があると感じます。

夏は汗をかきすぎて腠理が開いていますが、秋は 腠理が引き締まり汗が出なくなります。夏は気が上に浮いていますが、秋に涼しくなると収歛して気は降ります。ただ、今年は秋分を過ぎても暑い日々が続き、その後で気温が急激に低下してきました。自律神経に問題がある方にはつらい季節かも知れません。

 

 

※1:『理学者の革新 : 「邪」から「鬱」への視野転換』
黄 崇修
死生学・応用倫理研究 (19), 56-84, 2014
https://ci.nii.ac.jp/naid/120005657954

「(漢方医)小森桃塢は『蘭方枢機』の中で西洋医学の『メランコリア』を『(朱丹渓の)鬱証』と翻訳した。これが『メランコリア』を『鬱証』と訳したはじまりである」(77ページ)
※1829年に 漢方医・小森桃塢は、『泰西方鑑』にて、「鬱憂病」として「メランコリア」のルビで記述している。

 

 

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