『ネーチャー(Nature)』のEBМ論文

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2023年1月16日『ネーチャー』
「エビデンス・ベースド・メディスンのネクストジェネレーション」
The next generation of evidence-based medicine
Vivek Subbiah
Nature Medicine (2023)
Published: 16 January 2023
 
 
この図は、有名なEBМのエビデンスの位置付けで「システマティックレビュー」がエビデンスとして最高であり、「専門家や権威の意見」が最低のエビデンスになります。
従来は「専門家の意見」や「動物実験」が医学的根拠でしたが、EBMでは人体実験である「ランダム化比較試験(RCT)」こそがエビデンスであり、それを総合したメタアナリシス、システマティックレビュー、臨床ガイドラインが最も信頼できるエビデンスとなります。これは、まさにパラダイム・シフトでした。
 
 
しかし、そのエビデンス・ピラミッドの下の水面下の氷山に膨大なデータが眠っているというのが、この論文の主旨です。この氷山の海の下に眠るビッグ・データを次世代のアップデートされた「EBM 2.0 ディープ・メディシン」がAIで解析していくイメージになります。
 
 
以下、引用。
 
最近、ウェアラブル技術、データ・サイエンス、AI機械学習の進歩により、エビデンス・ベースド・メディスンが変わり始めており、次世代のディープ・メディスンの未来を垣間見ることができる。
今後 10 年間で機械学習、ディープ・ニューラル・ネットワーク、およびマルチモーダル生物医学AI の適用により、創薬、画像解釈、電子カルテの合理化、ワークフローの改善、そして時間の経過とともに公衆衛生の向上など、あらゆる角度から臨床研究が活性化する態勢が整っている。」
 
 
著者のサブビア博士はテキサスМDアンダーソンがんセンターのディレクターで、成人の腫瘍専門医と小児の腫瘍専門医という2つを持つ、非常に珍しい先生です。
 
小児の腫瘍専門医として、以下の課題を挙げられています。
 
「希少疾患の臨床研究」
「N=1の臨床試験」
「リアル・ワールド・データとリアル・ワールド・エビデンス」
「小児臨床試験」
 
 
EBМのランダム化比較試験(RCT)は、希少疾患や「症例が一つしかないN=1の臨床試験」や小児科でのランダム化比較試験の倫理的問題など、多くの問題が指摘されています。
 
 
以下、引用。
 
【ランダム化比較試験の課題】
ランダム化比較試験は、すべての領域の医学でのエビデンス生成のゴールド・スタンダードである。
 
しかしながら、ランダム化比較試験はタイムリーなエビデンスの生成、コスト、少ない被験者のデザインや倫理障壁から時間がかかる。ランダム化比較試験の結果が出版される頃にはしばしば時代遅れとなっている。循環器領域では3万件のランダム化比較試験が完了していない。
 
【結論】
現状モデルは持続不可能である。代わりに、予防的で個人化された、プラグマティックで患者参加型医学が必要である。そしてパラダイム・シフトが持続的成長に必要である。
 
現在のパラダイムは、新しい技術とすべての利害関係者 (新世代の科学者、医師、製薬業界、規制当局、そして最も重要なのは患者) によって絶えず挑戦されなければならない。破壊的イノベーションはすべての臨床現場が研究現場であり、必要なすべてのクオリティ・チェックと研究が標準治療の一部として行われるようにする必要がある。
 
個人的意見では、すべての主要な疾患はムーンショット・プログラム(月へのロケット発射計画のような挑戦的計画)とワープ・スピード・オペレーションを持つべきである。
 
 
 
この論文は、現状のEBМの問題点と解決可能な課題を明確化しています。
 
簡単にいえば、ウェアラブルデバイスとビッグデータを使った場合、高価で時間のかかるランダム化比較試験に頼らずに、リアル・ワールド・データからエビデンスが生成できます。
 
鍼灸でいうなら、高血圧患者さんに鍼灸をして、ウェアラブル・デバイスをつけて24時間365日のデータを集積し、ビッグデータを解析して降圧剤の使用や病歴、交絡因子を調べ、血圧と鍼について超スピードで結論を出します。
 
しかし、この方法論はプライバシー、個人情報、データは、誰のモノなのかなど倫理的問題が生じると予測されます。人権を重視する西側の民主主義国家では非常に難しいです。
 
この『ネーチャー』のEBМ論文は、N=1の臨床試験やウェアラブル・デバイスによるリアル・ワールド・データなどの新しいアイディアに関してはかなり鍼灸に利用できる情報でしたが、問題点も感じました。
 
EBMの限界をウェアラブル・デバイスやAI、ビッグデータなどの組み合わせによる破壊的イノベーションで突破しようという構想ですが、その際に生じる認識論的問題や倫理的問題を完全に無視しており、未来に反発されるのは確実です。個人的にはモヤモヤと感じていたEBMの限界が明確化されたと感じます。
 
科学哲学=認識論的にはEBMが相対的にはマシな手段です。だからEBM研究は継続しますが、「限界を認識しつつ、道具として利用する」スタンスになります。
 
 
1991年にゴードン・ガイアットがEBМを提唱し、1992年にコクラン共同計画が出来て、すでにEBМが生まれて30年になりました。EBMは1997年のNIHによる鍼の声明や2000年代ドイツGERAC鍼の大規模臨床試験で鍼灸の世界を劇的に変えました。
 
 
現在は世界中で臨床ガイドラインに鍼が入りつつありますが、同時に深い鍼と浅い鍼のプラセボ問題など、未解決の問題が顕在化してきました。
 
 
【科学哲学における認識論的問題】 
EBМのランダム化比較試験→システマティックレビュー→臨床ガイドラインというパラダイムで「われわれは世界を正確に認識できるのか」という問題があります。
 
現実問題として、少なくともわたしが臨床で感じていること(手や身体を通して得た経験的事実)と臨床ガイドラインに載っている記述の間にはかなりの乖離があります。「深い鍼と浅い鍼のプラセボ問題」や「N=1の臨床試験」の問題など、そもそもEBМのパラダイムでは鍼灸の真実を解き明かせないのではないかという身体的実感にもとづく疑問があります。
 
 
中医学は完全にEBМ路線に舵を切り、さらにDXする政策です。おそらく中国は、この2023年1月『ネーチャー』のEBМ2.0路線の論文をそのまま実行するはずです。それが西洋医学を進化させるのに疑いはありませんが、東洋医学や鍼灸が進化するかといわれると、どうしても疑問符が浮かびます。
私はむしろ、手で感じているもの、自分の肉体を通じて感じているリアル・ワールドを根拠にしようと考えています。
 
 

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