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曲骨への多壮灸の覚え書

 
膀胱炎の診断を受け、抗生物質を飲み切り、治療終了した後に、局所の痛みが耐え難くなった方に、最初、棒灸(熱敏灸)しましたが効果なく、中極と曲骨に灸点紙を貼り、麦粒大の八分灸をそれぞれ約50壮、合計約100壮以上することで、鎮痛に成功しました。
 
この方は中極・曲骨あたりはカイロで温め、さらに棒灸でも長時間温めていても効果がなかったのですが、チクっとした痛感をともなう八分灸で痛みがとれました。局所に100壮を超える八分灸をしたのは久しぶりでしたが、その劇的な効果に感動しました。灸点紙のおかげか、次の日も火傷にはなっていませんでした。
 
次の日も曲骨に麦粒大の八分灸を50壮しました。
 
このような急性症状への八分灸や透熱灸の劇的な効果は、他には「麦粒腫への合谷の半米粒大の八分灸を約50壮」「急性食中毒への裏内庭の半米粒大の透熱灸を約50壮」「膀胱炎への八リョウへの八分灸を約50壮」などで多数、経験しています。
 
棒灸や円筒灸の温和な熱感では、この劇的な効果は出しにくいと思います。
 
曲骨はタオルワークや局所の露出が難しく、さらに線香の操作が難しかったです。
 
防火タオルで局所を少しだけ露出します。いつも右手の示指と中指に線香をはさんでいますが、左手の薬指・小指で線香を操作することでスムーズに操作できました。これは深谷式の竹筒灸の線香操作に慣れていたおかげです。
 
最初は灸点紙に米粒大の透熱灸をおこなっていましたが、多壮灸するには痛みが耐えきれないと判断して、途中から試行錯誤して麦粒大の八分灸に調節して、患者さんがギリギリ耐えれる熱感をみつけたことがうまくいった原因のようです。
 
麦粒腫への合谷への八分灸・透熱灸は桜井戸の灸として知られ、江戸時代からあります。麦粒腫は、東洋医学的には明らかに熱証です。熱証に50壮の多壮灸をして、目の痒みや痛みがとれます。これは手陽明大腸経の経絡を通じさせるからだと思いますが、熱証にたいして灸をします(熱証可灸)。
 
モクサアフリカもそうですが、江戸時代や明治時代は結核に灸をしていました。結核は夜間潮熱や五心煩熱、乾咳、るい痩など陰虚内熱の症状が出ます。慢性病の陰虚内熱の熱証(虚熱)にも灸をしていました。熱証可灸です。

 

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