胆腑の臓腑弁証

 

 

世界保健機構(WHO)のICDー11の弁証論治では、胆腑の臓腑弁証は以下のようになっています。

(1)胆気虚
(2)胆鬱痰擾
(3)胆熱
(4)胆寒

 

 

(1)胆気虚

パニックになりやすく、疑いぶかく、落ち込みやすく、泣いたり悲しんだりしやすい。無気力で夢をみたり不眠になる。青い舌と弱い脈で胆気が心神を乱し、恐れやすくなる。

 

隋代、『諸病源候論』では以下のようにあります。

胆気不足すれば、その気は上にあふれて口苦となり、よくため息をつき、胃液を吐き、心下はタンタンとして、人に捕まえられるかのように恐れる。

 

これは『霊枢』四時気篇や『霊枢』邪気臓腑病形篇の記述がもとになっています。

《灵枢·四时气》云:“善呕,呕有苦,长太息,心中澹澹,恐人将捕之,邪在胆,逆在胃,胆液泄则口甘,胃气逆则呕苦,故曰呕胆。
《灵枢·邪气脏腑病形》又云:“胆病者,善太息,口苦,呕宿汁,心下澹澹,恐人将捕之,嗌中礫礫然,数唾,在足少阳之本末,亦视其脉之陷下者灸之。”

 

宋代の厳用和著、『済生方』では「心虚で煩悶し、おちつかず、不安であり、これは皆、心虚胆怯の証である」と心虚胆怯の概念ができました。

 

宋代の『太平聖恵方』治心脏风虚惊悸诸方でも、「心虚すれば驚きが多く、胆虚すれば恐れが多く、気血が両方虚すために臓腑は虚となり、風邪がやどって経絡に入る。心は既に虚し、胆気は衰えるために恐れや怯え、驚きや動悸となる」と心胆気虚を論じています。

 

「胆気虚」 や 「心虚胆怯」はよくできた弁証だと思います。更年期女性で、夜に風で日本家屋がガタガタ揺れただけで「泥棒が入ったんじゃないか」とドキドキしたり、恐れやすく驚きやすい女性はたくさんいます。胆は勇気を主り、胆気虚となると驚きやすく、恐れやすくなります。

心虚胆怯证
症状:心悸不宁,善惊易恐,坐卧不安,少寐多梦而易惊醒,食少纳呆,恶闻声响,苔薄白,脉细略数或细弦。
治法:镇惊定志,养心安神
方药:安神定志丸。

中薬処方はさておき、鍼灸処方が問題になります。胆兪(BL19)ー日月(GB24)ー丘墟(GB40)では治る気がしません。私なら四華穴の膈兪ー胆兪の灸を続けて胆気は増やしながら、全身的なアプローチをします。

 

 

(2)胆鬱痰擾

落ち着きのなさ、臆病、夢をよくみる、不眠、意気消沈、胸や下肋部で圧迫感と膨張感、ひんぱんな溜息、めまい、口は苦く、痰が多く、悪心・嘔吐し、膩苔で弦脈。

 

胆欝痰擾証
症状:以烦躁不宁,胆怯易惊,失眠多梦,胸胁闷胀,善太息,晕眩,恶心呕吐,吐痰涎,苔白腻,脉弦缓
治法:理气化痰、和胃利胆
方药: 温胆湯

 

『備急千金要方』の去痰瀉熱の温胆湯は、日本でもツムラの竹茹温胆湯や加味温胆湯としてエキス剤が更年期女性の不眠などにも使われています。

胆鬱痰擾も更年期女性ではよくみられる症状だとは思うのですが、鍼灸処方をつくるのが難しいです。胆欝痰擾証と胆気虚証の違いは、脈と舌による虚証と実証の違いにすぎないと思います。あえて教科書的に配穴するなら去痰・去湿で豊隆(ST40)と陽陵泉(GB34)を中心とした配穴でしょうか。

 

 

(3)胆熱

イライラして怒りっぽく、下肋部の膨張、口は苦く、耳痛、耳鳴、不眠、紅舌で黄苔、滑数脈。

 

 

(4)胆寒

寒さを嫌い、手足は冷たく、筋力低下、下肋部の痛み、透明な液体を吐き、消化不良、めまい、無気力、臆病、不眠、青舌で遅脈。

 

胆熱と胆寒が漢方・鍼灸ともに処方が難しいと思います。

『中蔵経』论胆虚实寒热生死逆顺脉证之法第二十三では、胆虚・胆実・胆熱・胆冷(胆寒)を論じていますが、症状が違います。

『備急千金要方』 胆虚实第二では、胆実熱と胆虚寒に分類しています。

胆実熱:左手の関上の脈が陽実のものは足少陽胆経である。腹中気満に苦しみ、飲食不下で、咽乾して頭痛して、セキセキとして悪寒し脇痛むのは名を胆実熱といい、半夏湯で治療する。

胆虚寒:左手の関上の脈の陽虚のものは足少陽胆経である。めまいと痿厥に苦しみ、足趾が揺れて起きることができず、めまいして目黄し遺精する。名を胆虚寒といい、温胆湯で治療する。

 

 

『笔花医镜』巻二、臓腑証治、 胆部(足少阳属腑)では、胆虚・胆実・胆熱・胆寒に分類しています。

胆虚では左関上の脈は必ず細濡であり、その症状は驚悸しため息となる。驚悸は心血不足であり、安神定志丸がこれを主る。

胆実では左関上の脈は必ず洪脈であり、その症状は胸満、脇痛で耳聾となる。胸満は気が結集しているからであり、小柴胡湯加枳実桔梗がこれを主る。

胆寒では左関上の脈は必ず遅脈であり、その症状は滑精(=精液が漏れる)して嘔吐する。舌苔は滑である。滑精のものは四肢が腫れて少食であり、心虚して煩悶し、落ち着かずに不安であり、温胆湯がこれを主る。

胆熱では左関上の脈は必ず弦滑脈であり、その症状は口苦して嘔吐し、盗汗(ねあせ)してめまいがする。口苦のものは熱が胆にあり、胆汁がもれるからである。小柴胡湯がこれを主る。

 

 

WHOのICDー11の胆腑の臓腑弁証はおそらく 『笔花医镜』の胆の臓腑証治の胆虚を胆気虚に変え、胆実を胆鬱痰擾に変えて現代的に体裁を整えたものだと思います。本質的には、脈診と舌診で虚実寒熱を鑑別すること以外にあまり症状に違いは見られません。

鍼灸処方の場合は、補法するか瀉法するかの補瀉手技、鍼するかお灸するかが虚実寒熱の違いだと思うのですが、上記の症状は胆経の補瀉だけでは治らないと思います。動悸、驚きやすい、恐れやすい、口が苦い、不眠などの症状は更年期女性だけでなく、若い人でも鍼灸院を受診する人には多いタイプになります。

 

 

 

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