【BOOK】『ピンポン外交の陰にいたスパイ』

 
2024年1月27日『新華社通信』
「インタビュー:中国フランス外交関係強化の60周年」
 
 
以下、引用。
 
フランスのエリック・アラウゼは最近の新華社との独占インタビューで中仏国交樹立60周年に触れ「この記念日は我々の共通の歴史における絆を強化するだろう」と述べた。
フランス国会のフランス・中国友好グループの会長であり、鍼医師でもある彼の経験は、フランスと中国の相互理解と協力の歴史を反映している。
アラウゼの中国文化への情熱は中医学、特に鍼からである。彼はパリ大学で医学の勉強を終えた後、ボビニの大学で鍼を含む代替医療を学び始めた。
アラウゼは35年間にわたり中国文化を学び、情熱を注いだ後、昨年4月、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の中国訪問に同行し、初めて中国を訪れた。半年後、同氏はフランス国会の仏中友好グループ会長として中国を訪れた。
 
 
 
医師で鍼師のエリック・アラウゼ先生のボビニの大学は、ソルボンヌ・パリ・ノール大学、かつてソルボンヌ大学とよばれた大学です。
 
ソルボンヌ大学医学部出身の医師エリック・アラウゼ先生は、エマニュエル・マクロン大統領を支持するテロワール・ド・プログレ進歩の領域という政党に所属するフランス国会議員です。
 
2022年に家永真幸著『中国パンダ外交史』が出版され、大きな話題になりました。アメリカでは親中派はパンダを抱きしめる「パンダ・ハガー」と呼ばれるほど、中国はパンダを外交に利用してきました。
 
中国パンダ外交史
 
 
2015年には、日本卓球協会の役員が書いた『ピンポン外交の軌跡―東京、北京、そして名古屋』が出版されました。
 
ピンポン外交の軌跡―東京、北京、そして名古屋
 
 
同年、ほぼ同時期にニコラス・グリフィン著『ピンポン外交の陰にいたスパイ』が出版されました。
 
ピンポン外交の陰にいたスパイ
 
 
1926年に国際卓球連盟を創設し、イギリス卓球協会の会長を数十年つとめたイギリスの卓球チャンピオンであるアイヴァー・モンターギューはソ連のスパイでした。
 
ソ連の暗号を解読するための人類史上最大の暗号解読プロジェクト、ヴェノナで暗号が解読されたとき、大富豪のイギリス貴族にして世界卓球連盟会長アイヴァー・モンタギューがソ連のスパイであることが判明しました。(『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』扶桑社)
 
 
ヴェノナ―解読されたソ連の暗号とスパイ活動
 
 
大富豪のアイヴァー・モンタギューは、イギリスのオモチャ・メーカーが創った子供向けのオモチャの登録商標である「ピンポン」を世界に普及すると称して、世界中に怪しまれずに旅行し、冷戦の鉄のカーテンの下をかいくぐっていました。そして、世界に共産主義を普及するアイテムとして、子どものオモチャであった卓球に世界共通ルールをつくりました。
 
『ピンポン外交の陰にいたスパイ』では、1971年に日本の愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権で、いかにして中国側が周到な準備をして偶然の事件を演出したかが描かれています。
名古屋市でアメリカ人選手グレン・コーワンが間違って中国側の送迎バスに乗り込み、中国代表の荘則棟が友好的に土産を渡し、ここから中国がアメリカ・チームを中国に招きます。しかし、この偶然を装った事件はすべて中国側の演出でした。
 
当時、毛沢東の大躍進政策の失敗と文化大革命により中国は大混乱状態であり、しかもソ連と国境紛争中でした。毛沢東と周恩来はアメリカと友好関係を結んでソ連に対抗するために卓球チームに賭けていました。当時の日本の名古屋には中国・卓球チームの参加に抗議して右翼が集結する状況でした。その後、中国チームがアメリカを訪問した際も、アメリカ反共団体の猛抗議を受けています。そのような状況で、毛沢東と周恩来は外交的な賭けに勝ち、ニクソン大統領が訪中するニクソン・ショックが起こり、鍼麻酔が世界に知られることになりました。
 
 
『ピンポン外交の陰にいたスパイ』では、中国の卓球チームの栄光と悲惨も書かれています。
 
中国が唯一、世界大会で優勝できた卓球チームは、大躍進政策の飢餓状態でも毎日、肉とヨーグルトが食事に出る生活をしていました。しかし、文化大革命の中で「ブルジョワ的」「資本主義的」と批判され、世界チャンピオンが3人も自殺に追い込まれます。世界チャンピオンであった荘則棟も自己批判に追い込まれ、農村で思想改造を受け、2年も卓球ラケットを握らず、毎日、反省文を書かされました。それが、名古屋の世界卓球選手権のために呼び出され、優勝し、アメリカとの外交をやらされます。
 
 
アメリカとの国交樹立の功労者として1974年に荘則棟は33歳で中国のスポーツ大臣となります。そして、荘則棟は毛沢東夫人である江青の愛人となり、政治の世界で出世していきます。
 
しかし、1976年に毛沢東が亡くなると、江青ら四人組は逮捕され、同時に荘則棟は失脚し、自己批判においこまれ、北京の公園の清掃員となりました。
 
スポーツは、表面上は政治と無関係を標ぼうしているため、逆に政治に利用されやすいのが実感できました。そしてそれは日本を含むどの国でも変わらないと思います。
 
実際、現在の中国政府は鍼灸をアフリカとの外交に使い、漢方を上海ロックダウンの際に配布し、国策として推進しています。
 
中医学業界も習近平政権との癒着を隠そうともせず、逆に利用しようとしています。しかし、中国の歴史に学ぶなら、習近平政権の権力が永遠に続くとは思えず、習近平政権が崩壊した際に、どのような反発が中国国内で起こるかは予断を許さないように思えます。習近平政権は中医学を批判することを禁止する言論政策だったため、その反発が恐ろしいです。
 
 

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