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戦前の灸の科学的研究:火傷毒「ヒストトキシン」

 

長生きの科学―東洋医学はあなたを守る
大沢勝著 東洋経済新報社1957

 

火傷毒、ヒストトキシンの命名者、大沢勝先生の著作です。ニンニク、ヨクイニン、甘草、カモミール、黄柏とベルベリン、タマネギ外皮などの生薬の作用について主に述べていますが、お灸とヒストトキシン、原志免太郎先生についても述べられています。

 

大沢勝(おおさわ・まさる)先生

明治24年(1891年)東京生まれ。
大正06年(1917年)東大医学部卒業。
大正15年(1926年)京城帝国大学教授
昭和20年(1945年)大沢実験治療学研究所主宰
昭和25年(1950年)渡米
昭和26年(1951年)渡独
昭和28年(1953年)原志免太郎『新しい灸学とその応用』※新しい灸学を命名。
昭和32年(1957年)『長生きの科学 : 東洋医学はあなたを守る』
昭和57年(1982年)90歳にて逝去。

 

京城帝國大學醫學部藥理學教室で三浦良雄先生が兎に火傷させて火傷毒をみつけ、大沢勝教授がヒストトキシンと名づけました。原志免太郎先生が同時期に灸の研究をはじめました。

 

1924年に原志免太郎先生は42歳で九州帝国大学医学部の第1講座に入ります。九州帝国大学医学部ではウサギを使って酸素注射を行っていたのですが、ウサギを使った灸の研究をはじめます。

 

1927年「灸の血色素量並に赤血球数に及ぼす影響」『医事新聞』昭和2年9月

1929年(昭和4年)
「施灸皮膚の組織学的研究」
『福岡医科大学雑誌』昭和4年2月

「火傷及火傷家兎血清の血液に及ぼす影響」
『福岡医科大学雑誌』昭和4年2月

「灸を施せる結核動物の治癒傾向について」
『福岡医科大学雑誌』昭和4年5月

「結核と灸」
『実地医科と臨床』昭和4年9月

 

1929年、原志免太郎先生は46歳で『灸に関する医学的研究』により医学博士の学位をとりました。お灸の研究をはじめてから5年目のことです。特に当時、不治の病であった結核に対して灸が有効であるという論文は、1929年4月23日に新聞で大きく報じられました。

同年、原志免太郎先生は『灸法の医学的研究』(春秋社)を出版します。1929年8月、博多中州で原内科医院を開業します。1933年、『萬病に効くお灸療法』を実業之日本社から出版し、ベストセラーになります。51歳です。1934年、内務省に「灸科」という科目を申請し、1935年に内務大臣後藤文夫から許可を得ました。1955年、『新しい灸学とその応用』を73歳で出版し、1982年に100歳で『新しい灸学ーその神秘を探る65年』を出版しました。

 

原志免太郎先生が研究をされたのは1924年から1929年であり、1940年代に戦前の日本の植民地であった朝鮮の京城帝國大學醫學部藥理學教室が多くのヒストトキシン論文を発表していました。

 

面白いのは、科学派の大沢勝先生が『長生きの科学―東洋医学はあなたを守る』の183ページから「経絡に関する私の経験」という文章でハンドヒーリングと手のひら療治の経験を書かれていることです。

 

1910年代には岡田虎二郎の岡田式静座法、藤田霊斎の調和道丹田呼吸法、二木兼三の二木式腹式呼吸法が大流行しました。

1920年代から1930年代にはハンドヒーリングが大流行します。

1921年、松本道別は『人体ラジウム療法』を出版しました。

1922年、臼井 甕男が鞍馬山にこもって「臼井霊気療法」「レイキ(霊気)」を開発しました。

1925年、玉井天碧が出版した『指圧法』では、後半は「霊手指圧法」として霊術・催眠・精神療法が詳細に書かれています。

 

1928年、歌人で右翼思想家の三井甲之が「手のひら療治」を発表し、1930年に三井は臼井霊気療法を学んだ中学校校長の江口俊博と『手のひら療治入門』を出版しています。

 

1931年、平田内蔵吉が『整体指圧温熱水治療法 (1979年) (民間治療全集〈第1巻〉)』を出版しています。

1932年、西勝造は『西式触手療法と保健治療法 : 理論応用』を出版しています。

 

1920年代から1930年代の戦前の日本はハンドヒーリングブームだったのです。この日本発のハンドヒーリングがレイキや浄霊として海外に普及されていきます。

1933年に出版された原志免太郎先生の『萬病に効くお灸療法』がベストセラーとなり、このような流れの中で1930年代末から1944年まで朝鮮の京城帝國大學醫學部藥理學教室でヒストトキシンの研究が行われました。もともと日本には戦前に多くの灸の科学的研究がありました。そのうえで京城帝國大學醫學部藥理學教室のヒストトキシン研究があったようです。

1912年
原田重雄、樫田十次郎「灸治二就テ」
東京医学会雑誌, 26 (12), 735-762 1912
https://ci.nii.ac.jp/naid/10020808412

 

1918年
越智真逸「灸治ガ腎臓ノ機能特ニ利尿ニ及ボス影響ニ 就テ」
日本泌尿器病學會雜誌 7(4): 345─346, 1918.
https://ci.nii.ac.jp/naid/110003497750

 

1926年
時枝 薫「灸ノ實驗的研究 第一報告 血液ノ變化」
日本藥物學雜誌1926 年 2 巻 1 号 p. 45-69,en4
https://ci.nii.ac.jp/naid/10020808413

 

1927年
青地正徳「灸ノ血球竝ニ血清ニ及ボス影響附灸ノ本體ニ就テ」
日新医学 17, 233-285, 1927
https://ci.nii.ac.jp/naid/10020808414

 

1931年
長門谷丈一
「灸ノ實驗的研究 其1 灸ノ局所温度ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』31巻 1931年 p839-890

 

1932年
山下清吉
「諸種ノ実験的疾病ニ於ケル白血球ノ機能並ニ形態其五灸及ビ火傷ニ於ケル白血球機能ノ変化ニ就テ」
十全会雑誌 37, 97-118, 193214:45 2019/02/06
https://ci.nii.ac.jp/naid/10020808415

 

1932年
長門谷丈一
「灸ノ實驗的研究 其2 灸ノ血小板數ニ及ス影響」
『大阪医学会
「灸ノ實驗的研究 其3 灸ノ靜脈壓、動脈壓竝ニ呼吸ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』32巻 1932年 p701-716

 

1935年長門谷丈一
「灸ノ實驗的研究 (4) 施灸ノ瞳孔反應ニ及ス影響ニ就テ」
『大阪医学会雑誌』34巻 1935年 p2049-2071
「灸ノ實驗的研究 (5) 灸ノ軟腦膜血管ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』34巻 1935年 p2193-2201
「灸ノ實驗的研究 (6) 灸ノ局所血液像ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』34巻 1935年 p2203-2218
「灸ノ血淸沃土酸値ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』34巻 1935年 p2451-2458
「灸ノ血液殘餘窒素及ビ血液鹽素ニ及ス影響」
『大阪医学会雑誌』34巻 1935年 p2459-2463
1936年長門谷丈一
「施灸時白血球像ニ就テノ實驗的研究」
『大阪医学会雑誌』35巻 1936年 p151-180

 

 

 

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